やがて、右手に藁葺き屋根の建物が徐々に見えてくる。 昨晩、旅館に泊まっていた青年に聞いたお店がある。 彼もこの東海道を歩く人であった。「丁子屋」とある。 東海道では、結構有名らしく、松尾芭蕉の句の中にも、歌われているし、 歌川広重「東海道五十三次之内鞠子」にもその情景が描かれている。 店には、客が二人、旅人であろうか、とろろ汁を肴に一杯やっている 様でもある。店の奥の巻き藁に串刺しの川魚があり、旅人はこれで旅の 疲れを食事と酒で癒すのでもあろう。子供を背中におった女が何かを差し 出し、その表情からのどかさが伝わってくる。 思わず頬の緩むのを禁じえない。 店の前には、「名物とろろ汁」と書かれた立て看板があり、店の右の障子 には「御茶漬け」「酒さかな」、軒先の看板には「御ちやつけ」とある。 東海道五十三次丸子の情景を描いた広重の浮世絵、モノクロのトーンで 描かれた藁葺きの店や家と後景の山にそれらの人物が浮き出たように上手く 配置されている。 庭先には梅が花を咲かせ、藁屋根には番の鳥が止まり、春ののどかさが 伝わってくる。さらに左には、蓑と菅笠を棒に差して肩にかけ、ゆるりとした 趣で歩いていく農夫の姿がある。春の少し生ぬるい風が吹き抜けて行くようだ。 松尾芭蕉も「梅若葉 丸子の宿の とろろ汁」と言う句を詠んでいる。 自然薯は早春に採れるそうだが、店の横にある梅にも、白き蕾が咲こうとして いる様でもある。甘き梅の香りが彼を通り過ぎた、そんな感じがした。 かれは、この絵を大分前に五十三次の中で見つけていた。そして、今でも 「丁子屋」として、とろろ汁を出している事を知った。とろろ汁のあの独特の 舌触りがはっきりと口の中に浮かんできた。浮世絵の世界を感じながらの旅、 東海道に入ってからの心の変化を更に強めている様でもあった。 心に明るさが灯り始めていた。背景にある山並は浮世絵のものに近く、まだ、 江戸時代の名残は生きている。ここでは、近くで採れた自然薯をすりつぶした とろろ汁が、白味噌風の味とともに、人気がある
2016年6月4日土曜日
浮世絵「東海道五十三次之内鞠子」から見る「とろろ汁
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿